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東京地方裁判所 昭和40年(ヨ)2234号 判決 1968年11月07日

債権者 榎本諭道

債務者 三菱製紙株式会社

主文

債権者が債務者に対し労働契約上の権利を有することを仮に定める。

債務者は債権者に対し昭和四〇年七月二六日限り金一三二一一円、同年八月以降本案判決確定まで毎月二六日限り金三六〇三五円を仮に支払え。

申請費用は債務者の負担とする。

事実

第一申立

債権者―債権者が債務者に対して労働契約上の権利を有することを仮に定める。債務者は債権者に対し昭和四〇年七月一〇日以降本案判決確定まで毎月二六日限り金三六〇三五円を仮に支払え。申請費用は債務者の負担とする。

債務者―本件申請を却下する。申請費用は債権者の負担とする。

第二債権者の主張

一、申請理由

(一)  被保全権利

債権者は昭和三二年四月一日、紙等の製造販売等を業とする債務者(以下会社ともいう)に雇傭され、東京都葛飾区新宿町所在会社中川工場抄紙課に勤務していたが、会社は昭和四〇年七月一〇日以降債権者との労働契約の存在を争い、債権者が労務を現実に提供してもこれを受領しない。

債権者の賃金は毎月二〇日〆切二六日払であり、その三〇日分の平均賃金は三六〇三五円である。

(二)  保全の必要性

債権者は賃金を唯一の生活の資とする労働者であつて、会社が労働契約上の権利を争いかつ賃金を支払わないことにより生活上著しい困難に当面している。

(三)  結論

よつて債権者は申請の趣旨記載のように労働契約にもとづく権利を仮に定め同年七月一〇日以降本案判決確定までの平均賃金による賃金の仮払を求める。

二、抗弁に対する答弁及び再抗弁

(一)  答弁

会社主張(一)の事実中会社がその主張の日に懲戒解雇の意思表示をしたことは認める。

同(二)1(1)の事実は認める。

同(二)1(2)冒頭の事実中、債権者と松浪抄紙課長とが会つて話をしたことは認め、その余の事実は争う。

同(二)1(2)(i)(イ)の事実は認める。しかし会社と三菱製紙労働組合(以下組合という)との間の合意によると、人事考課が特別に人より劣る者だけが昇給額を標準額以下とされることになつていた。

同(二)1(2)(i)(ロ)の事実は認める。

同(二)1(2)(i)(ハ)の事実中債権者が蚊取線香をつけて仮眠したこと及び二回程バルブしめ忘れによる原料流出事故を起したことを認め、その余の事実は争う。

同(二)1(2)(ii)(イ)の事実は不知

同(二)1(2)(ii)(ロ)の事実は争う。債権者と松浪との談話の要旨は「労郷」の右記事記載のとおりである。

同(二)1(2)(iii)(iv)の事実は否認する。

同(二)2の事実中松浪が同年七月二日及び同月七日債権者に対し会社主張の者の立会を得て注意をしたことは認めるが、その発言内容は争う。松浪は同月二日、同人がさきに同年六月五日発言した内容につき弁解し、債権者が従前よりも反抗的になつたと非難し、債権者の思想如何を尋ね、同月七日も同様のことをくりかえした上退職を勧告した。

同(三)1の事実は認める。

同(三)2の事実は争う。

(二)  再抗弁

1 会社は債権者が標準以上に誠実に勤務しているにもかかわらず人事考課上「D」と査定し、しかもその理由を具体的に明示しない。松浪は中川工場抄紙課長の地位にあつて、会社従業員の有する思想信条の自由を無視して、「マル共(日本共産党のこと)、民青(日本民主青年同盟のこと)を撲滅する。」と、また会社と組合とで会社八戸工場新設に伴う配置転換に関し協議中であるにもかかわらず、これを無視し、「中川工場から八戸工場へ従業員の配置転換が行なわれる。」と、さらに職制の指示の具体的内容も示すことなく、「職制の指示に従えない者は会社をやめろ。」と発言した。

組合が、全国紙パルプ産業労働組合連合会に加盟し賃上要求等に伴いストライキを実施できる程に成長したことに対し、会社は、数多の宣伝文書を組合員に配布し、会社の意に迎合するグループを結成させ、組合の団結を妨げ産業別統一闘争に干渉し組合を共産主義的と非難しその役員選挙に干渉した。

松浪の発言はこのような会社の方針に即応したものである。

債権者は組合員として、このような会社の方針と査定及び松浪の発言とに抗議しかつこの事実を全組合員に周知させその団結の力により今後かような事態の発生を防止するとの目的をもつて、前述のように真実に即した記事を組合機関紙に投稿掲載させたのであるから、債権者の行為は目的及び手段において正当な組合活動というべきである。これを理由とする本件解雇の意思表示は正当な組合活動の故になされたもので公序に反する事項を目的とするものとしてその効力を生じない。

2 債権者が投稿掲載させた記事は真実そのものを内容とするから、何ら工場の秩序を乱すものではなく、会社主張の就業規則に該当しない。かくの如き理由なき解雇の意思表示は権利の濫用に外ならずその効力を発生しない。

3 会社は債権者が日本民主青年同盟に加入し活動しているものと認め、それ故に解雇の意思表示に及んだものであるから、右意思表示は労働基準法三条に抵触し公序に反する事項を目的とするものとしてその効力を生じない。

第三債務者の主張

一、申請理由に対する答弁

債権者主張(一)の事実は認め、(二)の事実は争う。

二、抗弁

(一)  懲戒解雇の意思表示

会社は昭和四〇年七月一〇日債権者に対し後記懲戒事由が存在したから懲戒解雇の意思表示を行ない、債権者との労働契約はこれによつて終了した。

(二)  懲戒事由該当事実

1 組合機関紙に内容虚偽の記事を掲載させたこと

(1) 債権者は昭和四〇年六月その加入する組合の機関紙「労郷」に「定昇は低昇だつた。」と題する別紙記載の原稿を投稿した。

「労郷」編集者は右原稿をその六月二五日号に執筆者の氏名を明示して掲載し、右「労郷」は同年七月一日会社中川工場に勤務する従業員中多数を占める右組合の組合員らに配布された。

(2) 右記事内容の真偽を検討するに、債権者はその上司である中川工場抄紙課長松浪進一郎から同年三月三一日付定期昇給(以下定昇という)査定に関し同年六月五日注意を促されたのであるが、その際における松浪の発言等を故意に曲げかつ事実無根の事項を右記事に掲げているものである。以下これを詳述する。

(i) 定昇査定

(イ) 会社は組合との間に締結した労働協約に則り組合員に対しその職種年令及び前前年一二月二一日から前年一二月二〇日迄の間における人事考課及び勤怠(A((すぐれている))、B((ややすぐれている))、C((普通))、D((やや劣つている))、E((劣つている))の五階級にわかれる)に応じ定められた定期昇給額表(最高額、標準額、最低額の定めがある)にもとづき毎年三月二一日付をもつて定昇を実施している。これによると債権者の属する執行職作業係の職種であつて一九才ないし二五才の年令層の昇給額は人事考課及び勤怠の程度により最高額九〇〇円、標準額八〇〇円、最低額七〇〇円と分れ、会社はさらにこれを細分しAの査定を受けた者の昇給額は九〇〇円、Bは八五〇円、Cは八〇〇円、Dは七五〇円、Eは七〇〇円と定められていた。

(ロ) 会社は昭和三八年一二月二一日から昭和三九年一二月二〇日までの債権者の人事考課をD(やや劣つている)と査定し、昭和四〇年三月二一日附の債権者の定昇額を七五〇円と定めた。

(ハ) 会社が右のような査定をした理由は、債権者が年次有給休暇又は代休(就業規則に定める要件に従い、一定の時間外労働又は休日労働をした者に与えられる休暇)をとるに当り同僚の都合を考えない等協調性を欠き、かつ数回にわたり過失によりその担当機械のバルブをしめ忘れて製紙原料を流出させ、原料に異物を混入させ、又はその混入寸前にこれを発見され、夜勤中火気厳禁の職場で蚊取線香をつけて仮眠する等、勤務態度が不良であつたことに存する。

(ii) 昭和四〇年六月五日債権者に与えた注意

(イ) 会社は労働協約上作業係等の職種に属する者で右考課がD又はEであつた者に対して考課内容を知らせ指導を行なわなければならない。

(ロ) そこで債権者の上司である抄紙課長松浪進一郎は同年六月五日債権者を呼び出して考課がDである旨を告げた上、その最近における勤務態度につき注意を与え、「来年はよくなつて注意を受けなくなるようにしてもらいたい。」と諭したのに対し債権者から沈黙の末「理由を文書に書いてくれ。」と要求されたので、「文書に書かれたものを受け取るよりも、私の話をよく聞いて改めることが大事である。」と重ねて強調したところ、債権者から、「自分は悪いと思つていないから、査定は課長の主観ですよ。」と反駁され、「事実にもとづいた組長及び職長の考課を総合することにより客観性をもたせ、その上で課長が考課している。」と重ねて説明した。

松浪はさらに債権者に対し会社の方針を尋ねたところ、同人から、「方針とは何ですか。」と反抗的に反問されたので、「工場長が年頭のご挨拶で皆に話したり、私が日頃言うことを知らないのか。」と話を向けたが、債権者は又沈黙を続けた。

松浪は引きつづき債権者に対し休暇のとり方が自己本位であることを指摘したところ、債権者から、「自分が休暇をとつて会社の外で何をしようと自由だ。憲法も自由を保障している。」と反駁されたので、「憲法は基本的人権を保障しているが、会社の従業員が会社の規律を守らないという自由までも保障したものではない。」と諭した。

(iii) 債権者の記事の真偽

会社はこのように債権者に対し適切妥当な人事考課を行ないしかもその結果につき松浪をして債権者の改善を促すべく注意を与えさせたのであるが、債権者は自己の勤務成績不良を棚に上げて前記のような事実に副わない悪意ある記事を執筆したものである。とくに債権者の人事考課がEであつたとする点、債権者が人事考課の理由を文書に記載してもらいたいと要求したところ、課長から、「そういうところが素直でない。」といわれ、さらに、債権者が、「具体的理由がはつきりしない。主観では困る。」というと、「査定は主観的なものだ。」でチヨンという点、会社・課の方針を聞いたら答えられずとする点、憲法の話がでると課長は、「憲法なんてものは(?)基本で(その通り!)ただそれだけのものだ(憲法は飾りなのか!)。」という点はいずれも事実を著しく曲げたものである。また会社の人事考課が不当であるとする点、課長が、「安全が第一、マル共民青の撲滅もこの中に入つてる。」「どうして会社をやめないんだ。」「今後はもつとシメつけは厳しくなる。」「誓約書もそのうち引つかかる。」「納得できるかどうかなどきいていない。要するに従えば良いのだ。さもなくば未来永ごうに定昇は最低だ。」と発言した点、及び安全日誌に関し注意を与えた点は、いずれも事実無根である。

(iv) この結果債権者は工場運営上重要な職責を有する松浪抄紙課長の威信を著しく失墜させた。

2 虚偽の記事につき反省しないこと

松浪は同年七月二日債権者に対し露本主任及び石井職長立会の上同年六月五日に与えた注意を再確認して反省を促しかつ右記事の誤りを指摘したところ、債権者は、「この記事中原稿と異る点が一か所あるがその他に間違はなく、内容について責任をもつ。」と答えたが、原稿と異る個所を明示しなかつた。そこで松浪は同年七月七日露本主任及び雨宮職長代理立会の上さらに債権者に対し同年六月五日の注意に関し債権者の考えを尋ねたところ、同人は、「自分は別に悪い行動をとつていないつもりだ。」と答え、上司を無視ないし軽侮する態度を示し反省の色を見せなかつた。

(三)  就業規則の適用

1 会社の就業規則は、懲戒事由の一として、「故意に工場の秩序を乱す行為があつたとき。」(八三条九号)と定め、これに該当するときは情状により減給、出勤停止又は懲戒解雇に処するものとしている。

2 債権者は前記のように勤務態度劣るにもかかわらず同年六月五日松浪から前記のように注意を受けても反省せず右注意に関し事実に副わない記事を組合機関紙に掲載させて松浪の威信を失なわせ、その後再度右注意及び右記事につき反省を促されても態度を改めず、上司を無視軽侮しつづけたから、右懲戒事由に該当しその情状は懲戒解雇を相当とする。

三、再抗弁に対する答弁

1の事実中、会社が債権者の人事考課をDと査定したこと、会社が八戸工場を建設中であつたこと、債権者が記事を組合機関紙に投稿掲載させたことを認め、その余の事実を争う。

2、3の事実はいずれも争う。

第四証拠<省略>

理由

第一被保全権利

一、労働契約の成立及び懲戒解雇の意思表示

債権者が昭和三二年四月一日、紙等の製造販売等を業とする会社に雇傭され、東京都葛飾区新宿町所在会社中川工場抄紙課に勤務していたところ、会社が昭和四〇年七月一〇日債権者に対し懲戒解雇の意思表示をしたことは当事者間に争がない。

二、懲戒解雇の意思表示の効力

(一)  懲戒事由に関する就業規則の規定

会社の主張によれば、右懲戒解雇の意思表示をした理由は、債権者が会社の就業規則八三条すなわち、

「次の各号の一に該当するときは情状によつて減給、出勤停止または懲戒解雇にする。

(9)故意に工場の秩序を乱す行為があつたとき」

との規定(この規定の存在は当事者間に争がない)に該当する所為に及んだことに存するというにある。

(二)  懲戒事由に該当する事実

1 債権者が投稿した記事

債権者が昭和四〇年六月その加入する組合の機関紙「労郷」に「定昇は低昇だつた。」と題する別紙記載の原稿を投稿したところ、「労郷」編集者が右原稿をその六月二五日号に投稿者の氏名を明示して掲載し、右「労郷」は同年七月一日会社中川工場に勤務する従業員の多数を占める右組合の組合員らに配布されたことは当事者間に争がない。右記事の内容及び証人松浪進一郎の証言及び債権者本人尋問の結果によると、会社中川工場従業員は右記事にいうM課長とは債権者の所属する抄紙課の課長松浪進一郎を指すと理解できることが一応認められる。

2 右記事内容の真偽

(1) 右記事によれば、冒頭に債権者の定昇査定に関する事項が掲げられている。

会社が組合との間に締結した労働協約に則り、組合員に対しその職種年齢及び前前年一二月二一日から前年一二月二〇日迄の間における人事考課及び勤怠に応じ定められた定期昇給額表(最高額、標準額、最低額の定めがある)にもとづき、毎年三月二一日付をもつて定昇を実施していることは当事者間に争がない。

成立に争のない乙第二号証及び証人松浪進一郎の証言によると前記労働協約による人事考課の方法につき次の事実が一応認められる。

債権者の属する執行職作業係の第一次考課者は組長、第二次考課者は職長、第三次考課者は課長である。

作業係の考課は考課期間中の本人の「仕事の能力」及び「勤務態度」について実施される。考課者はこのうち「仕事の能力」について、「仕事についての知識、経験を有し、理解、判断が適確で、仕事の成果(質及び量)をあげ得たか。他の仕事、更に難しい仕事もできるという潜在能力はどうか。」に着眼し、「勤務態度」については、「仕事に対する責任感強く、常に勤勉であつたか、諸規則及び上司の指示、命令を守り、同僚との協調性はよかつたか。」に着眼するものとする。

考課は五階級にわかれる。即ちA(すぐれている)、B(ややすぐれている)、C(普通)、D(やや劣つている)、E(劣つている)である(考課がこの五階級にわかれることは争がない)。考課者は、考課される者を男女別年令別のグループにわけ、グループの人数が一〇名以上のときは考課Aの者とBの者とで総人数の三〇%以内を、同Cの者で六〇%以上を、同Dの者とEの者とで一〇%以内を占めるように、各人を相互比較し相対的に判断して査定する。

なお考課D及びEの者に対しては指導をかねて考課内容を知らせる。

以上の事実が疎明される。

前記労働協約において、債権者の属する執行職作業係の職種であつて一九才ないし二五才の年齢層の昇給額は、人事考課及び勤怠の程度により、最高額九〇〇円、標準額八〇〇円、最低額七〇〇円と分れ、会社はさらにこれを細分し、Aの査定を受けた者の昇給額を九〇〇円、Bを八五〇円、Cを八〇〇円、Dを七五〇円、Eを七〇〇円と定めていたこと、会社は昭和三八年一二月二一日から昭和三九年一二月二〇日までの債権者の人事考課をD(やや劣つている)と査定し、昭和四〇年三月二一日附の債権者の定昇額を七五〇円と定めたことはいずれも当事者間に争がない。

(2) 証人松浪進一郎の証言によると、同人は労働協約にもとづき、債権者に対する指導をかねて、考課内容を知らせるべく、昭和四〇年六月五日債権者に対し露本主任立会の上注意をしたことが疎明される。

(3) そこでその際の松浪課長と債権者との問答につき、債権者本人尋問の結果により真正に成立したと一応認められる甲第三四号証の一、証人松浪進一郎の証言により真正に成立したと一応認められる乙第八、第一七号証並びに証人松浪進一郎の証言、債権者本人尋問の結果を総合すれば、松浪と債権者との問答の概要は次のとおりであること、松浪はこれ以外に右記事に同人の発言として掲げられたことを述べていないことが疎明され、右認定に反する証拠は採用しない。

松浪、「又いやなことを云わなければならないんだ。定昇について注意するからよく聞いてもらいたい。去年も君に注意したのだが、君によくなつてもらいたいために注意しているのだから、来年は呼ばれないですむように努力してほしい。今年も君の査定はDなのだ。」

債権者、「フン。どうしてですか。理由は。」

松浪、「去年も同じことを言つたが、職場における態度が悪いのだ。もつと素直になれないかね。何か理由があればいつてもらいたい。」

債権者、「それだけですか。」

松浪、「そういう態度がよくない。私が細谷君をそばにおいて休憩室で注意したことを覚えているか。」

債権者、「覚えています。」

松浪、「あの時も聞こうとする態度ではなかつたがどう思う。」

債権者、「別に悪くないでしよう。」

松浪、「君には問題が多いが何を言つてもトンチンカンだね。職場は互の信頼関係で結ばれているから、君のような態度ではどうしようもないね。職長、組長も君には困つている。」

債権者、無言

松浪、「君は休みのとり方が定期的だし、自分勝手だね。」

債権者、「そうですか。」

松浪、「職長から何度も注意を受けているね。」

債権者、無言

松浪、「職場は互に協力し合わなければやりにくくなる。自分の都合だけで休むのはよいことではない。職場、同僚の都合もあるのに君は休んでしまうので職場の人は困つている。これが君に判らないか。職長、組長から何回いわれたかね。」

債権者、無言

松浪、「君は私の注意を聞こうとしないがよくなる気持はないかね。」

債権者、「理由はそれだけですか。」

松浪、「職場は協調性を必要とするのだが、今のままでは君は皆と一しよに仲よくやつてゆけないのじやないかな。」

債権者、無言

松浪、「君は作業上の失敗を繰返し平気だつたり、脱衣室で寝ていて注意されたりして、いつも態度がよくないと聞いている。君は根本的に考え方を改めなければ駄目と思うね。」

債権者、「文書で理由を書いてくれませんか。」

松浪、「文書に書いてどうこうする性質のものではない。話をよく聞いて改めることが大事なんだ。」

債権者、「納得できません。去年と同じだ。」

松浪、「此の場は君がよくなるにはどうしたらよいかという注意を与えているのだから、納得できないというなら、今後よくなる見込はないということになると思うが。」

債権者、「僕は悪いと思つていません。」

松浪、「君はいくら注意しても反省しない。よくないね。」

債権者、「具体的理由がはつきりしない。課長の主観では困る。」

松浪、「人事考課というものは主観的なものなんだが、事実にもとづいた組長、職長の考課を総合することによつて客観性をもたせ、その上で課長が考課している。」

債権者、無言

松浪、「君はすぐ黙秘権を使うね。困つたものだね。会社や課の方針を知つているかね。」

債権者、「方針て何ですか。」

松浪、「工場長が年頭のあいさつで皆に話したり、私が一般通知で皆に読んでもらつているのを知らないかね。」

債権者、「覚えていません。」

松浪、「安全第一だとか職場規律とか皆現場で云つているではないか。課員が課長の方針を知らないでよいと思つているのはどうかと思うね。」

債権者、「でも仕事はやつています。」

松浪、「君のいう仕事とは非常に狭い解釈ではないかね。君は入社以来何年になるか。」

債権者、「八年です。」

松浪、「八年もたてば中堅ではないか。言われたことをやつています式では、言わなければやらないということだね。最低ではないか。」

債権者、無言

松浪、「君が仕事に不熱心であることは判つたが、定期的に休むのはどういうわけか。」

債権者、「池袋にある劇団で演劇をやるためです。」

松浪、「君は会社のルールに従つて働かなければならない。劇団のために会社がおろそかになつては困る。」

債権者、「会社外で何をやつても自由です。憲法も自由を保障している。」

松浪、「憲法の保障は基本的人権尊重の思想だね。会社の従業員が会社の規律を守らないでもよいという保障ではないのだ。」

債権者、「見解の相違です。」

松浪、「それでは君が入社の時提出した誓約書に何と書いてあつたか覚えているか。」

債権者、「忘れました。」

松浪、「従業員として就業規則を守り上司の指示に従うことを誓約しているのだが。」

債権者、無言

松浪、「会社のルールを守らず、上司の指示にも従わない。これでは仕事ができない。何故会社に来るのか。」

債権者、「食うためですよ。」

松浪、「劇団では食えないのか。」

債権者、「食つてはいけませんよ。」

松浪、「君のような考えでこの会社にいることは困るね。」

債権者、無言

松浪、「いくら注意しても素直な気持で聞いてくれなければ、時間の無駄だし、君の考課も毎年よくなることはないだろう。」

債権者、「僕は納得できませんから。」

松浪、「八戸工場建設のため抄紙課からも多くの熟練者が八戸に派遣されねばならなくなる。一人一人が今迄以上に努力しなければならないから、君ももう一度冷静に考え直してほしい。」

債権者、無言

松浪、「それじや私の話は終りにするから、職長三人からもよく話をきいて良くなつてくれよ。」

(4) 債権者が執筆した記事内容と右の問答とを比較すると相違する点及びこれに対する評価は次のとおりである。

(イ) 記事には松浪が「債権者の定昇査定はEである」と述べたとあるが、真実同人はDであると述べている。しかしこの記事の虚偽のもたらす実害は重視に価しない。

(ロ) 記事には松浪が、「君らはすぐ仕事という。作業だけが仕事ではない。組長の雑談も仕事のうちだ。」と述べたとあるが、同人がかような発言をした事実はない。そしてかような記事は松浪が奇妙な発言をしたとの印象を読者に与えるものである。

(ハ) 記事には松浪が債権者の書いた安全日誌の内容について注意したとあるが、同人は当日かような注意を与えていない。しかし証人松浪進一郎の証言および債権者本人尋問の結果によれば、債権者は昭和三九年九月頃職場において三人でなすべき作業を二人でなさしめられたのは作業の安全に影響すると考えて、安全日誌(従業員が交代で安全に関する事項を記帳する日誌)にその旨を記入したところ、松浪から細谷某立会の上、かようなことを記入すべきでない旨の注意を受けたこと、及び昭和四〇年六月五日松浪は債権者に対し、「私が細谷君をそばにおいて休憩室で注意したことを覚えているか。」と発言したが、右は前記事実を指すことがいずれも疏明される。従つて債権者はこの事実をいわば流用したとみられる。その限りではこの安全日誌に関する記事は全くの事実無根とはいい難い。しかし証人松浪進一郎の証言によると、松浪が昭和三九年九月注意したことをここに持出したのは、債権者が上司の注意を素直に聞こうとする態度をもつていないことをたしなめるべく、昭和三九年九月の注意当時も同様の態度であつたことを指摘するために外ならず、安全日誌に松浪の意に反することを債権者が記入した事実を非難しそれ故に定昇査定が悪化したという趣旨ではないことが疏明される。よつてこの部分は松浪の発言の趣旨を著しく曲げているといわなければならない。

(ニ) 記事には、債権者が、「理由を文書でもらいたい。」と、要求すると、松浪が、「そういうところが素直でない。」といい、債権者が、「査定の具体的理由がはつきりしない。主観では困る。」というと、松浪は、「査定は主観的なものだ。」といつてチヨンとなつた旨記載してある。しかし真実は、債権者が文書で理由を明示するよう要求したのに対し、松浪が、「文書に書いてどうこうする性質のものではない。話をよく聞いて改めることが大事なんだ。」と述べ、債権者は、「納得できません。」「僕は悪いと思つていません。」「具体的理由がはつきりしない。課長の主観では困る。」等と反駁したところ、松浪は、「人事考課というものは主観的なものなんだが、事実にもとづいた組長、職長の考課を総合することによつて客観性をもたせ、その上で課長が考課している。」と述べたものである。従つて松浪は査定が客観的になされていることを説明しようと試みたのに対し、記事は松浪がこの点につき、「人事考課は主観的なものである。」と突放したとの印象を与えるものである。

(ホ) 記事には、「会社・課の方針を聞いたら答えられず。」とあり、恰も松浪が会社と課との方針を問われて答えられなかつたかのように文法上解せられるが、それでは次の「安全が第一云云とのこと」との文章と意味がつながらず、この部分は文意不明というの外はない。ところで成立に争のない甲第一号証の二及び債権者本人尋問の結果によると、債権者はこれに気づき組合に記事の訂正を申出た結果、同年七月一五日付「労郷」中に、右の文章は「会社・課の方針を聞かれて、答えられずにいると」の誤りであるからの訂正する旨訂正記事が掲載され、これが中川工場従業員らに当時配布されたことが疏明される。したがつて彼此総合すれば、「債権者が松浪から会社と課との方針を聞かれて答えられずにいると、」という文意となるので右は真実に反するものではない。

(ヘ) 記事には会社の方針に関し松浪が、「マル共民青の撲滅もこの中に入つてる。」と述べたとあるが、真実同人はその際にはかようなことを述べていない。

しかし成立に争のない甲第五号証の一、第九号証、第一二号証の一二、一四、一五、一九、第一三号証の二四、四一、四三ないし四九、証人松浪進一郎、木下勲、佐野道昭の各証言及び債権者本人尋問の結果によれば、会社の見解は、日本共産党及び日本民主青年同盟に加入してこれらの団体の方針に従い階級的世界観に立脚し、生産阻害工作等を敢行する従業員は、企業の繁栄と相容れないというにあり、会社はその対策として会社総務部勤労課発行の文書、松浪課長の年頭のあいさつ等において、これらの団体に加入する者に転向を求め、或はその活動を排除するの手段をとつていたことが疏明される。従つて、「会社、課(抄紙課のこと)の方針中にはマル共(日本共産党のこと)民青(日本民主青年同盟のこと)の撲滅もはいつている。」と記載したからとて、その措辞に強いものありとはいえ、会社と抄紙課との方針でない事項をその方針として公表したとはいえない。結局債権者は松浪が他の機会に明らかにした会社及び抄紙課の方針を、恰も同人が定昇査定の注意を行なうに当り、明らかにしたものの如く記載した点において虚偽の記事を公表したというにすぎない。

(ト) 記事には松浪が、「憲法なんてものは基本でただそれだけのものだ。」と述べたとあるが、真実同人は、「憲法の保障は基本的人権尊重の思想だね。会社の従業員が会社の規律を守らないでもよいという保障ではないのだ。」と述べている。

この記事はかつこ書き(?及び憲法は飾りなのか!)と相まち松浪が憲法は飾りにすぎないと解されるような発言をした趣旨に帰着し、発言の趣旨を著しくゆがめたものである。

(チ) 記事には松浪が、「どうして会社をやめないんだ。職制の指示に従えないのならやめろ。」と発言したとあるが、真実同人はそのようなことを言わず前記のような問答のなかで、「会社のルールを守らず、上司の指示にも従わない。これでは仕事ができない。何故会社に来るのか。」「君のような考えでこの会社にいることは困るね。」と述べたにすぎない。

右の文言によると、松浪が債権者に対し辞職を要求したことに帰着し、同人の発言とは趣旨を若干異にする。しかし、債権者本人尋問の結果によると、債権者は日本民主青年同盟に加入している事実を会社に知られたため過去において会社の前記対策の対象となり種々の不利益を受けたと確信していたことが疏明されるから、債権者が松浪の右発言をその前後の発言と総合して記事記載のように理解したのも無理からぬことである。従つて右記事が真実発言したことと趣旨を異にする点につき債権者に故意ありとはいえない。

(リ) 記事には松浪が、「今後はもつとシメつけは厳しくなる。八戸配転で人は少くなるし、今度社長も替つて、もつとハツキリした態度を取る。入社時提出した誓約書もそのうち引つかかる。」と忠告したとあるが、真実同人は、「君が入社の時提出した誓約書に何と書いてあつたか覚えているか。従業員として就業規則を守り上司の指示に従うことを誓約しているのだが。」「八戸工場建設のため抄紙課からも多くの熟練者が八戸に派遣されねばならなくなる。一人一人が今迄以上に努力しなければならないから、君ももう一度冷静に考え直してほしい。」と述べたにすぎない。

従つて、「今度はもつとシメつけは厳しくなる。八戸配転で人は少くなるし、入社時提出した誓約書もそのうち引つかかる。」との記事は発言とニユアンスを異にするけれども、右記事及び発言並びに債権者本人尋問の結果によれば、松浪が会社の方針等を説明したのに対し、債権者は会社とは異る立場に立つてこれを聞いたので、「会社のシメつけは厳しくなる。」とか「誓約書も引つかかる。」というように理解し、これをそのまま記事にしたことが疏明される。よつてこの点につき債権者に故意ありとはいい難い。

なお松浪は、「今度社長も替つてもつとハツキリした態度を取る。」とは発言していないが、成立に争のない甲第一九号証の一及び債権者本人尋問の結果によると、本件定昇査定に関する注意がなされた直後、会社の社長奥野熙の退任に伴いその後任者として選任された白石稔は従業員に対する就任のあいさつにおいて、まず会社に対する忠誠を求め、いやしくも特定の政党、団体等のため会社を毒することのないよう要望したこと、右にいう特定の政党、団体とは日本共産党及び民青等を指称することがいずれも疏明されるのであるから、会社は社長交代を機会に日本共産党等に対する態度を改めて明確にしたというべきである。よつて右記事は松浪の発言しないことを発言したように記載した点で虚偽といえるけれども、会社の方針を曲げて報道したものではない。

(ヌ) 記事には松浪が、「お前は馬鹿だ。」と面罵したとあるが、真実同人はそのようなことを述べていない。この記事は、「課長とはよいものだ!他人を侮辱するのも仕事なのだから。」という債権者の意見と相まち、松浪の職務上の信用を傷つけるものである。

(ル) 記事には松浪が、「納得できるかどうかなどきいていない。要するに従えば良いのだ。さもなくば未来永ごうに定昇は最低だ。」と述べたとあるが、真実同人は、「いくら注意しても素直な気持で聞いてくれなければ、時間の無駄だし、君の考課も毎年よくなることはないだろう。」と述べたにすぎない。この記事とくに「納得できるかどうかなどきいていない。」の部分もまた松浪の発言の趣旨を曲げたというの外はない。

3 記事公表後の債権者の態度

証人松浪進一郎の証言により真正に成立したと認められる乙第一八、第一九号証、同証人の証言、債権者本人尋問の結果によると、松浪は右記事を見た後同年七月二日露本主任、石井職長立会の上、債権者を呼出し同年六月五日行なつた右注意の趣旨をどのように理解したか、また右記事の執筆者が果して債権者であるか否かを確かめ、右記事が真実と異ることを指摘したところ、債権者は一か所誤りが存在することを認めたもののその個所を明示せずその他の部分はすべて真実を記載したと反駁したこと、松浪は同年七月七日債権者を呼出し、露本主任及び雨宮職長代理立会の上、債権者に対しその職場における作業上の過誤などをとりあげて注意をしたが、債権者は、自分は悪い行動をとつていない旨主張したことが疏明される。

4 債権者の行為の懲戒事由該当性

右の事実によると、この記事により松浪が債権者に対してなした発言は、前記の限度でゆがめられて中川工場従業員らに公表されたにもかかわらず、債権者はこれを改めようともしなかつたことに帰着する。債権者のこの行為は、会社の人事業務ことに松浪抄紙課長の人事考課業務を妨げるものであるから前記就業規則にいう「工場の秩序を乱す行為」に該当するものである。そして債権者は前出故意の疏明なき部分を除くのほか右行為につき故意の責を免れない。

(三)  情状

1 会社の就業規則八三条は、故意に工場の秩序を乱す行為をした者に対し懲戒処分として減給、出勤停止、懲戒解雇のいずれかを科するに当り、その情状による、と定めているので、債権者の右行為の情状について検討する。

(1) 右記事をみると、前記のとおり松浪と債権者との問答を記載した部分において、真偽交錯し、その虚偽部分中には、他の機会に会社又は松浪が明示した事項からいわば転用されたものもある。結局債権者は真偽巧みにとりまぜて松浪の注意の趣旨を曲げたものである。

(2) 右記事中「課長の話から大体会社の方針がわかるようである。……会社の非道な政策は必らず破たんする。」との部分は、結局「会社が労働強化を企図し、債権者らこれに反対する者を人事考課上も不利益に差別しているが、かような方策は労働者の反撃を受けて失敗する。」との趣旨に帰着し、これがその前に記載された債権者と松浪との真偽とりまぜた問答記事を前提としている点においてこれを一体として評価さるべきものであるけれども、右部分は組合員の団結意識の昂揚をも狙つたと推察できる。

(3) 成立に争のない乙第二〇号証の一ないし四によれば、組合執行部は会社から債権者を懲戒処分に付したい旨の通知を受け、松浪ら及び債権者から事情を聞きとり、かつ右記事を検討した結果、「会社に対する批判を批判として書くことはよいが、この記事から受ける感じは誹謗と悪意がこめられてあることが認められる。」との印象を受けたこと、懲戒解雇後組合は中川工場抄紙課の職場集会を開いて、右解雇について検討したところ、債権者が、年次有給休暇付与を申出るに当り、同僚と希望日が競合し、いずれか一方が付与を断念しなければならない場合でも、決して譲ろうとしないなど、従前から同僚との協調性を欠いていたことを非難したり、右記事は真実に反すると批判する者が続出したことが疎明されるが、右記事が真実であるとか、記事に掲げられた松浪の発言が不当であるとか、その他債権者の右記事に同調する意見がでたとの疎明はない。この事実は右記事の企業秩序維持上及ぼした影響につき債権者に有利に判断さるべきである。

(4) 右記事は組合機関紙による言論に属する。もとより組合機関紙による言論であつても、本件のような事実に副わないものは懲戒処分の対象たり得るのである。ところで組合活動の一環たる言論が事実に副うか否かの認定はその者のおかれた立場により異なり甚だ困難な場合が多く、その相手方たる使用者においてこれを虚偽と断定し懲戒解雇を容易になしうるとすれば、労働者は解雇をおそれるのあまり組合機関紙への寄稿を避け、ついには組合活動として欠くことのできない言論が衰退するとの懸念が存する。このことは処分の程度を決するに当り看過できない。

(5) 債権者本人尋問の結果によると、債権者は従前会社から懲戒処分を受けた事実がなかつたことが疎明される。

2 以上の諸事情を考慮すれば、債権者の前示所為には責められるべき点は存するが、債権者に対し、懲戒解雇をもつて臨むのは処分重きに失するというの外はない。会社は、債権者の人事考課がDとなつたのは、債権者が職場において協調性を欠き、数回にわたり作業上の過失により事故を起し、夜勤中火気厳禁の職場において蚊取線香をつけたまま仮眠する等、勤務態度が良好でなかつたことによるものであるから、右考課は公正であるにもかかわらず、債権者は自己の勤務態度につき何ら反省しないと主張する。仮令そのような事情があつたと仮定して、これを考慮にいれても、債権者は前示のようにかような勤務態度を理由に懲戒処分を受けたことはなく、会社もこれを本件解雇事由の一として掲げているわけでもないから、この事実を重視するを得ず、従つてなお本件懲戒解雇は重すぎるというの外はない。

(四)  結論

しからば、債権者の再抗弁即ち、「右懲戒解雇の意思表示は、債権者の組合活動である右記事公表等が正当性を具備するのにその故をもつて、又は債権者の思想信条の故をもつてなされたもので、無効である。」との主張につき判断するまでもなく、右意思表示は懲戒処分の情状の判定を誤り処分重きに失するものとしてその効力を否定さるべきであり、会社は労働契約の存在を争うから、債権者が現に会社に対し雇傭契約上の権利を有することを確認すべきである。

三、賃金債権

債権者の賃金が毎月二〇日〆切二六日払であり、その三〇日分の平均賃金は三六〇三五円であること、債権者が解雇の意思表示後労務を現実に提供しても会社がこれを受領しないことは当事者間に争がない。しからば債権者は昭和四〇年七月二六日限り同年七月一〇日から同月二〇日までの賃金として金一三二一一円、同年八月以降毎月二六日限り前月二一日から当月二〇日までの賃金として金三六〇三五円の割合による賃金を受ける権利を有するというべきである。

第二保全の必要性

債権者は賃金を生活の資とする労働者であるから、解雇の意思表示を受けて以来賃金を得られないことにより生活上著しい困窮状態にあると推認できる。

第三結論

よつて本件申請は被保全権利及び保全の必要性につき疎明を得たから、債権者が会社に対し労働契約上の権利を有することを仮に定め、かつ昭和四〇年七月二六日限り金一三二一一円、同年八月以降本案判決確定まで毎月二六日限り金三六〇三五円の賃金の仮払を命ずる、仮処分命令を保証を立てさせないで発することを相当と認め、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 沖野威 宮本増 田中康久)

(別紙)

定昇は低昇だつた

中川支部 榎本諭道

六月五日、M課長に呼ばれた。「君の査定は、昨年はDだつたが今年はEだ」とのこと。理由は「職制に対する態度が悪い」のが主で「休みの取り方が悪い(定期的だ)」昨年と全く同じである。

仕事のことをいうと「君ら(僕一人ではないらしい!)はすぐ仕事という。作業だけが仕事ではない。組長の雑談も仕事のうちだ」

具体的な指摘は「課長の指示に反したことを安全日誌に書いた」点だけ。これは三人定員を二人で作業させたので、その不当なことを日誌に書き、課長より、日誌に職制批判を書くなといわれた。その後、再び同じことがあつたので僕もまた書いたのだ。

三人作業を二人でやらせたのとそれを批判したのとどちらが悪いか正常な頭で判断してもらいたい。理由を文書でもらいたいというと「そういうところが素直でない」「具体的理由がはつきりしない、主観では困る」というと「査定は主観的なものだ」でチヨン。会社・課の方針を聞いたら答えられず「安全が第一、マル共民青の撲滅もこの中に入つている」とのこと。三人作業を二人でやらせておいて、その批判はいけないというのが安全第一らしい。

憲法の話が出ると「憲法なんてものは(?)基本で(その通り!)ただそれだけのものだ(憲法は飾りなのか!)」「どうして会社をやめないんだ。職制の指示(どんな指示か?)に従えないのならやめろ」。「やめない」というと「今後はもつとシメつけは厳しくなる。八戸配転で人は少くなるし、今度社長も替つて、もつとハツキリした態度を取る。入社時提出した誓約書もそのうち引つかかる」との忠告を受けた。そして「お前は馬鹿だ」と。課長とは良いものだ!他人を侮辱するのも仕事なのだから。

「昨年も納得できなかつたが今年も同様で従えない」というと「納得できるかどうかなどきいていない。要するに従えば良いのだ。さもなくば、未来永ごうに定昇は最低だ」

以上は大体おおまかだが、課長との話の要約である。未来永ごうに偉いと思つている以外はお世辞でなくM課長は立派だと思つた。自分の信念をはつきり表明できるのだから。客観的には操り人形としても。僕のような気弱な者の見習うべき点も多い。

課長の話から大体会社の方針がわかるようである。会社のシメつけは今後さらに強まり、八戸のための人減らしは、組合がどう考えようと既定の事実として強行する。そのために邪魔者は徹底的に差別し、排除あるいは潰滅しようというのだろう。また中川では、それをやつても反撃をうけないと考えてるに違いない。だが、いま、中川がいかに会社に忠実だと考えようとも、忍耐には限度がある。会社の非道な政策は必らず破たんする。

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